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万里の波涛を越えて


 ちょっと長くなりますが、最近感動した水彩絵の具“本瑠璃”と、それを作った 友人の話を聞いてください。藝大時代によくつるんで遊んでいた仲間に、星合くんと大西くんがいます。この前奈良の東大寺を散歩していたら星合くんが、「大西のラピスラズリの絵の具、ついに出たよ!それも、水彩だよ」というので、お祝いの電話を掛けたら「見せるから研究室に来て」。後日いそいそと出掛けました。  

[ 初夏のお茶会 ] 大西くんの 瑠璃天目茶碗、茶道具、掛け軸を使ったお茶席がひらかれるというので 星合くんと行きました。 「オレの晴れ舞台なんだから、ビシッと決めてこいよ」と言われ、ラピスラズリの帯留めを作りました。(ホントはお茶会に石とかいけないんだよね?)星合くんも青いネクタイ。 彼は今、東京藝大油画科の技法材料研究室の准教授。ことのあらましはバーミヤンの石窟や遺跡が破壊された爆撃に遡ります。当時、彼は平山郁夫学長指揮の下、復興支援のためアフガニスタンに飛びました。 空港の建物すらも破壊されていて辺りは瓦礫の山。彼が任された支援活動は発電機を持ち込み、現地の人々にパソコンを一から教えること。人懐こくて冗談ばかりいっている彼は皆にさぞ好かれ頼られていたに違いありません。そして、廃退した街のなかでみたラピスラズリ…紺碧の半貴石の色を「生まれて初めて“色があるってありがたい”と実感した」のだそうです。  ラピスラズリは顔料で言うと、(天然)ウルトラマリン。これは“万里の波涛を超越した貴重な色”という意味で、世界にたったひとつ伝わる精製法からは、わずか5~10%しか高純度の青は精製されないといいます。それゆえ、昔から金より高い幻の顔料として伝えられてきました。 ラピスラズリを使用したものはツタンカーメンのマスク(縞模様)や、顔料としてはキリスト教絵画の「マリアの青い衣と天空にだけ使用が許された聖青」に、またフェルメールの「真珠の耳飾りの少女」の青いターバンに使われています。 日本で“瑠璃"と呼ばれるラピスラズリは残念ながら絵の具として国内で使用された歴史がありません。ラピスは細かく砕くと灰色っぽい粉になります。その中からわずか5~10%の鮮やかな色を取り出すのがいかに大変かが想像できます。 そんな中、ずーっと思いを暖めてきたアフガンのラピスラズリを、この度大西くんが世界初の新しい精製法によってより多くの様々な青の顔料の抽出に成功しました。今までの顔料より鮮やかで、天然石の持つ“奇跡的な"色がそのまま細かい粒子になっています。 研究室でそれらの顔料にアラビアゴムを混ぜ水彩絵の具にして遊ばせてもらいました…涙…すごい!!!!  


写真の右二枚のチャートが、現在あるヨーロッパのメーカーの天然ウルトラマリン、左が大西くんが作った“本瑠璃”。 鮮やかさは比べて一目瞭然です。 彼は昨年、藝大とホルベインのコラボレーションによって産み出された究極の油絵の具“油一”の総合プロデューサーでもあります。先日大阪で開かれた大西くんの個展(もちろん本人は絵描き)にいった星合くんの話によると、「夢のような絵の具を大西とコラボしたホルベインの人たちは皆、達成感と喜びに満ちていて…まさにプロジェクトXの人たちみたいだったよ(笑)」想像できます… 今回新たにこの天然ウルトラマリン(一色だけ!)の水彩絵の具“本瑠璃"が発売されました。もちろん“宝石を粉にしちゃった”のですから高いです。4.2グラムで50400円(限定200個)。 大西くんに、この絵の具の話をホームページに載せていい?と聞いたら、「もちろんだよ。宣伝して~」というので研究室でラピスに埋もれてる大西くんの写真撮ったら「やっぱこっちにしてよ」とすごく怪しげな写真を差し出してきました。  


昨年藝大で催された お茶会の油画科プロデュースの“黒の茶室"にて。彼が纏っているのは、黒い熊の鞣し革。 「うわーなにこれ!売れないホストみたいなポーズ勘弁してよ」と言ったら 「違うよ、黒の茶室だから黒着てないといけないんだけど…僕、白い服着ちゃったから、慌てて熊の毛皮纏ったらずり落ちてきてずっと押さえてたんだよ」 …意味わかりません。 テーブルに乗っているのは、この茶会のためにラピスラズリで焼いたり染めたりした茶道具。この茶道具は使う予定のなかった“赤の茶室"にも使われ、不思議な存在感を醸し出していました。 今回のラピスラズリの水彩絵の具“本瑠璃"が入っている器はこのお茶会でラピス茶碗を作るときに協力を惜しまなかった、同じく藝大の工芸の豊福教授の手によるものです。器だけでも値打ちがありそう…。 秋の終わりに予定している、武蔵美の私が担当する水彩ゼミに、大西くんを招き絵の具の話をしてもらおうと電話したら「じゃ僕は熊羽織って行くから」と快諾を得ました。  先日、注文していた“本瑠璃”をウエマツ画材屋さんに取りに行きました。そしてそれを持ってイタリアにスケッチに行ってきました。秋にいく予定のモロッコではもっと青の出番がありそう。今からうきうきしています。  

  2008/6/24


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