最近まで日本の風景を描くことに興味がありませんでした。

横浜にスケッチにいった生徒さんの話。


ねえ聞いて!この前ね、横浜の古いライブハウスの前でスケッチしてたらね、掃除してたそのお店のマスターが覗きにきたの。

「何人で描かれているんですか?」

「五人です」

「そうですか…じゃ、夕方、皆さんのテーブル用意しておきますから楽しんで帰ってくださいよ、今日はいいライブがありますから…それにしても皆さんお上手ですねぇ。うちを描いてくれてるなんてホント嬉しいなぁ…」って言って私達を招待してくださったのよ!

音楽も素敵だったし美味しいお料理もごちそうになってすっごく楽しかった、皆が、あなたの絵プレゼントしなさいよっていうから一枚あげてきちゃった♪」


どちらにとっても幸せな出逢いだったに違いありません。


「先週は奈良スケッチしてきたの。でね、古い瓦屋根の立派な和菓子屋さんがあって描いてたらね、ご主人がよろしかったらどうぞ、ってわざわざお饅頭を持ってきてくれたのよ〜 すごくおいしかった」

一同「え〜!またご馳走になったの?ひょっとしてあなた、描くとこ選んでるでしょ?」(笑)


スケッチというと、普段は絵を描かない主人の微笑ましいエピソードも思い出します。


と、長い間積極的に風景を描きに出掛けるというよりは、観たり話を聞いたりして楽しんでいました。

最近になって「ああ、この景色、誰かに見せたい!」と思わずケータイで撮るのだけれど、スケール感や雰囲気までは撮すことができなくて、やっぱり描くしかないんだと思うようになりました。


初めて訪ねるギャラリーを迷いながら探す道中、ふとビルの間から出現した東京タワー。夕闇にライトアップされた巨大な姿から発する光に 自分の体が半分溶けてしまったような感覚。
あー描きたい!

やっと動機を得て 今 風景を描くのがとても楽しいと感じます。


1月の個展では、その描き始めたばかりの東京の風景を展示しました。

お茶の水のニコライ堂の絵を前に、ある年配の上品な女性から質問を受けました。

「どんな気持ちでこれをお描きになられたの?」

「えっと…」どこから話せばいいのかなと躊躇う私に

「じゃあ、ニコライ堂にどんな印象をお持ちなの?」

「う〜ん、他の教会と違って敷居が高いというか…なんかロシア正教と聞いただけで厳格な感じがして入りづらくて…」

「あら、敷居なんか高くないですよ(笑)イコンを見に皆さんいらっしゃいますよ。

…それよりこの絵、私とてもびっくりしたの。―私が空襲の時に見た風景そのものなんだもの。神田界隈が焼け野原になってニコライ堂だけが焼け残ったの。ここに怪我した人達が運び込まれたのよ」

 




しみじみ語るその女性は、今でも毎週ニコライ堂の聖堂で唱っていらっしゃるとのことでした。

あー大事な聖堂をまっピンクに塗っちゃった。

坂の下から続くいちょう並木が眩しくて、きらきら光る空気を描きたかっただけなんだけど……。

風景画は時として見る人の思い出に引っ掛かり、いろいろなものを引きずり出すのかもしれません。絵に限らず映画でも舞踏でも音楽でも、何にでも、人は引っ掛かり揺さぶられ、何かを思い出して懐かしんだり切なくなったりするのでしょう。

個展会場では、絵の具や紙の名前や技術的なことを聞かれることが多かったのですが、今回のこの女性のように、絵を通して思い出を語ってくださった方が多く、心から嬉しく思いました。

 胸がざわついたり 熱くなった景色やシーンを一枚でも多く再現したいと思います。

 

京都で、たくさん桜を観てきました。何枚か描きました。秋に刊行予定の作品集でご覧いただけたら嬉しく思います。

 

 

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