大宮の Gallery エル・ポエタで個展が始まりました。
旧作でよいですからとのお申し出に甘え、新作はたった二点しかありませんが、展示をいたしました。

“水のうえでうたう”は今まで二回展示をする機会に恵まれましたが、二度とも「あれ?こんな色だっけ…っていうかこんな絵だっけ」と絵を前にして首を捻っていました。

描いたときは、とびきり楽しくて嬉しくて泣きそうだった、だからこんなタイトルにしたのに、何で伝わってこないのかなぁと自らの力の無さにガックリ。
今回久しぶりにその絵を取り出し展示してみました。
画廊の一番奥の小さなスペースに飾ったその絵をみた私の感想は「わっ、なんかちょっと絵がうれしそう」でした。

ふと、私の和紙のコラージュ作品を居間に飾ってくれている友人の話を思い出しました。

以前、どうしてもその絵を展示しなければならない展覧会があり二十日ほど借りた後、返却したときのこと。
学校から帰宅する小学生の兄妹が口々に

「あ!絵が戻ってきたんだ〜、でも、あれ?なんか違う…」

「絵がある〜!……これ、どっか前と違わない?」

勿論ケース入りの作品は手の入れようもなく何も変わっていないはずですが、
友人も実は箱から出したときに、あらっ?と思ったのだとか。
とどめに旦那さんまで「これ、あまなちゃん(わたしのこと)の絵?貸したやつだよねぇ?」
家族で話し合った結果 「絵が疲れているせい」という結論に達したのだそうです。
その後次第に馴染んで“もとに戻った”と連絡をもらいました(笑)

冷静に考えてみると…
エルポエタで絵が喜んで見えたのは、今までの展示が広いスペースで暗めの照明の中、
スポットライトを浴び、色が飛んで見えていた(他の絵に比べ淡い色の絵)が、
今回は小さい明るい室内で、絵を描いた環境に近く自然に見えるのだろう…
というのが本当のところでしょう。

また友人宅の絵が久々に戻ってきて、少し経って落ち着いて見えたというのは、“見慣れた"のだと思います。


環境の違いで絵が変わって見えるという経験ですが、ただの絵なのに「疲れているよう」だの「喜んでいるみたい」だの、まるで生き物のように語ってしまうのが不思議です。

名画なら十分な“気"が宿っていて当然ですが…

たぶん、私は自分の絵にさえも多少の“気"が宿っていると信じていたいのだと思います。

 

 

 

 

 

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